事業の業態転換について考える

 大げさな言い方だが筆者には商売人の血が流れている。と言うのも筆者の実家はもともと祖父が始めた和菓子店であった。祖父は若い頃から和菓子職人を志し、自分の店を持つことが夢だったと祖母から聞いた。これは後に伯母から聞いた話だが、戦後から昭和30年代にかけて祖父の店は繁盛していたらしい。特に筆者が興味を持った話として、買い物中に雨が降り出し困った客には屋号入りの傘を貸し出していたということだ。これは、店の宣伝にもなるし必ず借りた客は傘を返しに来るから、その時にまた和菓子を購入してくれるとの判断に因るものらしい。今日では当たり前のサービスであるが、当時としてはとても珍しい行為だったようだ。商売人らしいエピソードであり、心なしか誇らしく思ったものである。

 ところが、祖父が62歳で他界すると業況は一変する。筆者の父は公務員だったこともあり、店の実質的な経営は母に委ねられた。母はまったく和菓子などを作ったこともなく、経営者としても素人同然であった。結果として、所謂問屋から仕入れた既製のものを店で単に販売するだけの何も特長のない店になり下がり、売上は減少の一途をたどり、閉店を余儀なくされた。今でも、明日の仕入資金の調達に苦悩する母の姿を鮮明に覚えている。あの時、店の現状を踏まえ、異なった商売の方法や、新たな方向性を打ち出していたならひょっとして筆者は3代目和菓子屋の店主になっていたかも?と思い返すことがある。

 今このようなコロナ禍においては、上述のような内部環境要因の変化ではなく、外部環境要因の変化により、従来行ってきた商売の仕組みや方法が通用しなくなっていることが現実として起きている。

新型コロナウイルス感染症の拡大が契機となり、事業の業態転換を行う(可能性)があるか尋ねたところ、業態転換の「予定がある」は20.3%となり、5社に1社は既に転換済みか転換する可能性あるいは検討しているとの結果がある(帝国データバンク「新型コロナウイルス感染症に対する企業の見解についての調査」より)この数字が多いか少ないのかは読者の判断に任せるとして、筆者は2割強の企業が事業の業態転換を考えていることに驚いている。

 事業の業態転換を行ううえでネックとなるのは、資金調達やスキル・ノウハウの問題である。それ故に7割超の企業は業態転換の予定はなく、既存事業の強化を進めるといったことに落ち着いている。

 まだ先行き不透明なコロナ禍において、一旦立ち止まって事業の現状と方向性について熟考してみることも必要ではないだろうか。